2026年には、人間の免疫システムと協調して作用する新薬の開発が一気に進むだろう。そのひとつが、新しいタイプの抗体だ。
抗体は人間の免疫システムを構成する重要な要素であり、感染に反応して自然に生成されるY字型のタンパク質分子である。病気を引き起こす細菌やウイルスに付着したり、感染した細胞や毒素、ほかの分子に結合したりする働きをもつ。
近年になって科学者たちは、遺伝子工学の応用やタンパク質の一部を分離・再結合する技術によって、自然発生した抗体の構造を改変することに成功した。結果、ヘビ毒やHIV、寄生虫、さらには一部の自己免疫疾患に対しても作用する改変型抗体が開発されている。その多くの成果は26年中に公表される見込みだ。
例えば、24年にはフランスのイネイト・ファーマが、抗体に似ているがより複雑な構造をもつ新しい分子を設計した。4本の突起をもつこの分子は、B細胞非ホジキンリンパ腫と呼ばれる種類のがん細胞に対抗するために免疫細胞を利用する。現在、第1相および第2相の臨床試験が進行中だ。
また、患者自身の免疫細胞を用いて病気と闘う、いわゆる免疫細胞療法も有望視されている。このアプローチでは、患者から採取した免疫細胞をオリジナルのまま、あるいは改変して使用する。例えばCAR-T細胞療法では、患者からT細胞を取り出し、患者のがん細胞を標的とするよう遺伝子改変して体内に戻す。この手法は急性リンパ性白血病の小児患者の治療に、すでに応用されている。26年には、自己免疫疾患など異なる種類の病気に対しても、同様の試験が実施される予定だ。
例えば、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン…
2026年には、人間の免疫システムと協調して作用する新薬の開発が一気に進むだろう。そのひとつが、新しいタイプの抗体だ。
抗体は人間の免疫システムを構成する重要な要素であり、感染に反応して自然に生成されるY字型のタンパク質分子である。病気を引き起こす細菌やウイルスに付着したり、感染した細胞や毒素、ほかの分子に結合したりする働きをもつ。
近年になって科学者たちは、遺伝子工学の応用やタンパク質の一部を分離・再結合する技術によって、自然発生した抗体の構造を改変することに成功した。結果、ヘビ毒やHIV、寄生虫、さらには一部の自己免疫疾患に対しても作用する改変型抗体が開発されている。その多くの成果は26年中に公表される見込みだ。
例えば、24年にはフランスのイネイト・ファーマが、抗体に似ているがより複雑な構造をもつ新しい分子を設計した。4本の突起をもつこの分子は、B細胞非ホジキンリンパ腫と呼ばれる種類のがん細胞に対抗するために免疫細胞を利用する。現在、第1相および第2相の臨床試験が進行中だ。
また、患者自身の免疫細胞を用いて病気と闘う、いわゆる免疫細胞療法も有望視されている。このアプローチでは、患者から採取した免疫細胞をオリジナルのまま、あるいは改変して使用する。例えばCAR-T細胞療法では、患者からT細胞を取り出し、患者のがん細胞を標的とするよう遺伝子改変して体内に戻す。この手法は急性リンパ性白血病の小児患者の治療に、すでに応用されている。26年には、自己免疫疾患など異なる種類の病気に対しても、同様の試験が実施される予定だ。
例えば、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン病院と次世代型T細胞療法を開発しているAutolus Therapeuticsが、自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(狼瘡)の患者に対してCAR-T細胞療法の試験を実施している。ドイツで5人の患者を対象に実施された小規模試験では、このタイプの治療法が少なくとも全身性エリテマトーデスの患者には安全に応用できることが確認されている。さらに、遺伝子治療ツールを使ってCAR-T細胞を体内で直接生成するアイデアも前臨床開発の段階にある。
多くの新型ワクチンが開発中
もちろん、ワクチンも人間の免疫システムと連携して作用する医薬品だ。その基本的な仕組みはよく知られており、死んだ病原体や病原体から分離された構成要素に反応するよう、免疫細胞を活性化させる。活性化された免疫細胞はその後も長期間にわたって体内にとどまることから、本物の病原体に遭遇した際には迅速に反応できるようになる。
現在、驚くほど多くの新型ワクチンが開発中であり、その多くはがん細胞を標的としている。しかし、ワクチンでがん細胞を狙うことは難しい。ほとんどのがんは変異した自分自身の細胞から生じることから、例えば新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のように明確な標的が存在しないからだ。
こうしたなかバイオ企業のネオン・セラピューティクスは、進行メラノーマや非小細胞肺がん、または膀胱がん患者向けのワクチンのプロトタイプを開発した。ネオンは20年にBioNTech(ビオンテック)に買収されたが、このワクチンからは実際に効果があると考えるに値する現象が確認されている。患者にチェックポイント阻害薬(免疫反応を促す抗体ベースの医薬品)と呼ばれる免疫療法と組み合わせて個別化ワクチンを投与した場合に、ワクチン単独で予想される反応を超える変化が見られたのだ。免疫細胞ががん細胞を攻撃し始めると、元のワクチンに含まれていなかったほかのタンパク質分子に対しても免疫システムが反応した。
これは驚くべき発見だ。なぜなら、ひとつの標的を狙って設計されたワクチンが、その人のがん細胞に内在するほかの変異タンパク質に対しても免疫反応を誘発させる可能性を示しているからである。これにより免疫攻撃はいっそう強力になり、どのがん細胞も攻撃から逃れることがさらに難しくなるはずだ。そのメカニズムは、治療によって死滅したがん細胞がさらなる特異的免疫反応を引き起こすからだと考えられる。この現象は「エピトープ拡散」と呼ばれており、エピトープとは免疫反応の正確な標的を意味する。この発見は、新しいがんワクチンの成功の鍵になるかもしれない。
23年7月には新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンの成功を受けて、モデルナとメルクが皮膚がんの一種であるメラノーマに対する個別化ワクチンの大規模試験を開始すると発表した。メラノーマは免疫システムに働きかけるほかの治療法が有効ながん種であり、個別化ワクチンにとって格好のテストケースとなる。つまり、一部の患者には免疫反応の強化がメラノーマの克服に有効であることがすでにわかっているのだ。
モデルナとメルクによる試験の結果は、26年の初頭に公表される予定である。個別化ワクチンががんにも効果を示すことが確認されれば、それはまさに革命的な進歩となるだろう。
ダニエル・M・デイヴィス|DANIEL M. DAVIS インペリアル・カレッジ・ロンドンの免疫学教授でライフサイエンス学部長。物理学で博士号を取得後、ハーバード大学でヒトの免疫システムを研究。マンチェスター炎症共同研究センターの研究部長も務めた。
(Originally published in the January/February 2026 issue of WIRED UK magazine, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Daisuke Takimoto)
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