2026年、「自動車」に対する一般市民の認識は、大きく変容するだろう。長らく個人の自由の象徴と見なされてきたクルマだが、今後は、ハッキングや兵器化、そして大規模な妨害行為に対するシステムの脆弱性という、別の側面が白日の下に晒されることになる。
クルマが襲撃に使われるケースはこれまでも珍しくなかったが、近年、世界各地の都市で開催される規模の大きいパブリックイべントで、暴走した車両による襲撃が急増している。16年にフランスのニースで起きた事件では、1台のトラックが地中海沿いの海岸遊歩道に突っ込み、86人が死亡、450人が重軽傷を負った。
25年にもすでに、ニューオーリンズ、ミュンヘン、リバプールで死者を出す襲撃事件が発生している。テロリズムと断定される事件もある一方、リバプールの事件のように分類が困難なケースも存在するが、いずれもが悲惨な結末を招いている点に変わりはない。
新たな攻撃の可能性をはらんでいるのは、より新しいモデルのクルマだ。ニューオーリンズの襲撃事件で使われたフォード「F-150 Lightning」の重量は、約2,700kgに達する。電気自動車(EV)はバッテリーパックを搭載するために重量が増す一方、そのパワートレインは静かでありながら、凶器となりうるほどの急加速を可能にする。停止状態から時速60マイル(約97km)まで、わずか4秒ほどで到達するのだ。
また、現代のクルマはBluetoothに対応した複雑…
2026年、「自動車」に対する一般市民の認識は、大きく変容するだろう。長らく個人の自由の象徴と見なされてきたクルマだが、今後は、ハッキングや兵器化、そして大規模な妨害行為に対するシステムの脆弱性という、別の側面が白日の下に晒されることになる。
クルマが襲撃に使われるケースはこれまでも珍しくなかったが、近年、世界各地の都市で開催される規模の大きいパブリックイべントで、暴走した車両による襲撃が急増している。16年にフランスのニースで起きた事件では、1台のトラックが地中海沿いの海岸遊歩道に突っ込み、86人が死亡、450人が重軽傷を負った。
25年にもすでに、ニューオーリンズ、ミュンヘン、リバプールで死者を出す襲撃事件が発生している。テロリズムと断定される事件もある一方、リバプールの事件のように分類が困難なケースも存在するが、いずれもが悲惨な結末を招いている点に変わりはない。
新たな攻撃の可能性をはらんでいるのは、より新しいモデルのクルマだ。ニューオーリンズの襲撃事件で使われたフォード「F-150 Lightning」の重量は、約2,700kgに達する。電気自動車(EV)はバッテリーパックを搭載するために重量が増す一方、そのパワートレインは静かでありながら、凶器となりうるほどの急加速を可能にする。停止状態から時速60マイル(約97km)まで、わずか4秒ほどで到達するのだ。
また、現代のクルマはBluetoothに対応した複雑な通信・インフォテインメントシステムを搭載している。例えば、サイバーセキュリティ企業のPC Automotiveは、25年4月に開催されたサイバーセキュリティのイべント「ブラックハット・アジア」の場で、日産リーフのハッキングに関するデータを公開した。
インフォテインメントシステムが備えるBluetooth接続の脆弱性を突くことでシステムへのアクセスを可能にし、ハッカーが遠隔でステアリングを操作できたのに加え、そのほか多くの機能もコントロールできたという。もっとも、アクセルやブレーキを操作することはできなかったとされている。
都市機能を数分で麻痺状態に
さらに懸念すべきことは、クルマのシステムに一度侵入すれば、ハッカーは携帯電話の電波を使い、インターネット経由で世界中のどこからでもクルマにコマンドを送信できる点だ。ジハーディストやメンタルに問題を抱える襲撃者などは、必ずしも必要でなくなる。
こうした事態は、どこまで現実味を帯びているのだろうか。各国政府はすでに懸念を強めている。
例えば、ジョー・バイデンは米国大統領だった25年1月当時、国家安全保障上の懸念から、インターネットに接続されたクルマに中国製のソフトウェアを搭載することを禁止した。その懸念は、車両コネクティビティ・システム(VCS)や自動運転システム(ADS)に統合されたソフトウェアに関してであり、政府はスパイ活動や非公開のデータ収集に利用されうるセンサーやカメラ、ソフトウェアを問題視したのだ。サイバー戦争におけるこのフェーズは、「IoTの兵器化」と呼ばれている。
世間の注目が自律走行車の安全性や雇用の問題に集まるなか、はるかに大きなリスクが姿を現しつつある。大規模で組織的なサイバー攻撃の可能性だ。
26年には、単独の攻撃者がソフトウェアの脆弱性を悪用し、数百台、あるいは数千台ものクルマを同時にハイジャックすることが可能になるだろう。交差点は機能不全に陥り、緊急車両は身動きがとれず、都市機能はわずか数分で麻痺状態に陥るだろう。
これは仮説の話ではない。例えば、Linuxの変種である「Parrot OS」といったハッカー向けのOSには、自律走行車への攻撃をあらかじめ設定したうえで、ドロップダウンメニューから実行できる機能がすでに実装されている。自律走行車のハッキングは、ターゲットシステムを選択してスクリプトを実行するのと同じくらいシンプルな作業となっているのだ。
いまや何億台も分散して存在する自律走行車のそれぞれが何百ものアタックべクター(攻撃経路)をもち、それらが何十ものハードウェアシステム上に階層化して構築されている。加えて、ソフトウェアのアップデートは場当たり的で協調性がなく、無数の脆弱なコードが存在する。つまり、悪用される可能性は、率直に言って、想像を絶するほど高い状況であると言わざるをえない。
こうした危険性のすべては、NATO加盟国がサイバーレジリエンスと(脅威の対象が国家ではない)非対称的な脅威に焦点を絞った防衛予算を増額している、まさにそのさなかに展開されているのだ。
しかし、これまでのところ、自律走行車の危険性をめぐる議論はメインのテーマとしてではなく、あくまで参考程度のような扱いにとどまっているのが現状だ。その一方で、ビッグテック各社は大都市でのマーケットシェア獲得を目指して、規制緩和と商業的優位性を求めて突き進んでいる。複雑な地政学的リスクに対して、極めてナイーブと断じても過言ではないほどの危惧すべき状況だ。
では、いったい誰が主導権を握っているのだろうか? ひとつ確かなことがある。それは、この記事を読んでいる「あなた」ではない、ということだ。あなたが自律走行車を自分で操作していなくても、誰かは運転をしている。それはウェイモやバイドゥのコーディングエンジニアか、テスラの経営幹部か、規制の免除を承認した政策立案者か、あるいは26年にハッカーが仕掛ける“トロイの木馬”かもしれない。
あなたのクルマが行なうあらゆる決定──つまり、どれくらいの速さでターンし、歩行者に対してどこまで近づいて追従するかといったことまで──は、どこかの誰かが下した安全とリスクに関する解釈によって規定されているのだ。
2026年、われわれは、クルマが約束するいわゆる「自由」が決して中立的なものではないということを理解し始めるだろう。それは、ほぼ全面的に企業のソフトウェアによって規定され、目に見えないインフラによって強固なものとされ、そして、ほとんどの人が同意したことのない決定のうえに成り立っているのだ。
わたしたちに「解放の象徴」として売り込まれてきた自動車は、現代を決定づける脆弱性のひとつになりうる危険性をはらんでいる。
ヘンリエッタ・L・ムーア|HENRIETTA L. MOORE ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンにある「The Institute for Global Prosperity」(地球繁栄のための研究所)創設者、ディレクター。アーサー・ケイとの共著に『Roadkill』がある。
アーサー・ケイ|ARTHUR KAY 起業家、INNOVOグループのアドバイザー。サーキュラーエコノミー分野のイノべーターとして都市のサステナビリティ・プロジェクトをリード。テクノロジーを活用した社会システムの再設計を提唱する。
(Originally published in the January/February 2026 issue of WIRED UK magazine, translated by Oval Inc., edited by Michiaki Matsushima)
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