発売されて随分と経ち、すでにご本人はアルバムタイトルを掲げたワールドツアーの真っ只中。なんとなく、筆が進まず今に至ったという感じである。 いや、別にアルバムの出来が悪いとか、嫌いだとかいうわけでは全然ないのだが、本作の纏った雰囲気がテンション上げて作品の衝撃のままに筆を進める、という類のものではないことはあったのかもしれない。ぐちゃぐちゃ言わずに穏やかな音楽の中に静かに身を浸して味わっているだけで満足な感じだったわけである。
前作『Dream Box』のワールドツアーで登場したナイロン弦のバリトンギターが随分とお気に入りになり、ツアー中にどんどんとフィーチャーするスペースが増え、遂にはアルバムまるまる一枚をこのギターだけで創ってしまったというのが本作。 Dream Boxツアー中に先行して流れていた情報では、Side-Eyeプロジェクトの二作目の仕上げに入っているような話もあったのだが、この辺りはやはり生粋のジャズマンというべきか、前作『Dream Box』もそもそもそうだったのだが、慎重に発表のタイミングを伺って緻密に作品を出す面があるかと思うと、一方でその時点での創意と勢いに素直に従って瞬発力で作品を出してしまうところがあって、本作は後者のスタンスで創られたというところだろう。
バリトンギター自体はすでに『One Quiet Night』(さらにはステージでの登場自体は遡って「Speaking of Now」ツアー)からなので、そういうタイプのギ…
発売されて随分と経ち、すでにご本人はアルバムタイトルを掲げたワールドツアーの真っ只中。なんとなく、筆が進まず今に至ったという感じである。 いや、別にアルバムの出来が悪いとか、嫌いだとかいうわけでは全然ないのだが、本作の纏った雰囲気がテンション上げて作品の衝撃のままに筆を進める、という類のものではないことはあったのかもしれない。ぐちゃぐちゃ言わずに穏やかな音楽の中に静かに身を浸して味わっているだけで満足な感じだったわけである。
前作『Dream Box』のワールドツアーで登場したナイロン弦のバリトンギターが随分とお気に入りになり、ツアー中にどんどんとフィーチャーするスペースが増え、遂にはアルバムまるまる一枚をこのギターだけで創ってしまったというのが本作。 Dream Boxツアー中に先行して流れていた情報では、Side-Eyeプロジェクトの二作目の仕上げに入っているような話もあったのだが、この辺りはやはり生粋のジャズマンというべきか、前作『Dream Box』もそもそもそうだったのだが、慎重に発表のタイミングを伺って緻密に作品を出す面があるかと思うと、一方でその時点での創意と勢いに素直に従って瞬発力で作品を出してしまうところがあって、本作は後者のスタンスで創られたというところだろう。
バリトンギター自体はすでに『One Quiet Night』(さらにはステージでの登場自体は遡って「Speaking of Now」ツアー)からなので、そういうタイプのギターを用いることに真新しさはないと言えばないのだが、本作ではそのバリトンギターがナイロン弦であるところが大きな特徴になっている。 で、やはりスティール弦と比べてソフトでマイルドな音質のナイロン弦に変わった事による音質自体の変化と、それに伴う雰囲気の変化は大きい。Metheny本人も本作は「mellow」な音楽を演奏したもの、と位置付けており、若干、お馴染みの掻き鳴らしギターもないことはないが、全体としては実に穏やかにメロディーを聴かせる演奏となっている。もちろん、Methenyの言うところの「mellow」というのが単なる甘ったるい演奏やメロディー、オシャレな雰囲気みたいな安直なものではないことは明らかで、もう少し、夜の闇の静けさに繊細に溶け込むような、あるいは明け方の空の色が変わり始める頃の静寂を彩るような、そんなセンシティビティが求められるもののことを指しているのだろう。 個人的にはアコースティックギターのソロ演奏、という点についてはナイロン弦の方が好みだし、特にMethenyのような柔らかめのトーンで奏でられるソロというのは大好きなので、その点でもこういうアルバムはとても良い感じである。しかしまぁ、クラシック的な明瞭、パキッとした音ではなく優しく柔らかでまろやかな音でありながら、輪郭はしっかりあって伴奏部分とメロディー部分も明確に弾き分けて聴かせる演奏には毎度、惚れ惚れする。 内容としては、「You’re Everything」(Chick Corea)、「Here, There, and Everywhere」、「Londonderry Air」などスタンダードな楽曲とMethenyの新しいオリジナル曲が並んでいるこのシリーズらしいもの。オリジナルだけでなく、こうした耳馴染みのある楽曲をMethenyの演奏で聴くことができるのが本作含むソロギターシリーズのアルバムの魅力の一つと言って良いだろう。
ただ、演奏面としてどうなのかという背景を考えると少し事情が違ってきて、まず、一般的に言えばスティール弦のアコースティックギターに対してナイロン弦のギターは弦のテンションが低めである(というか、アコースティックギターにスティール弦を張ると高くならざるをえなかったらしい)。ついでにナイロン弦の素材の特性として弦が太くなると音がぼやけやすいといった特性もある。弦の太さ云々は普通のギターであれば程度の差でしかないが、バリトンギターのようなギター全体の音域設定が低め(チューニングが通常のギターより低い)、かつスケール長(ナットからブリッジまでの長さ)自体が長い楽器の場合、結構、弦の特性に違いによる影響の出方がシビアになってくるものと考えられる。聞いたところではここ数年続いている上記ツアーで用いられているPM系フルアコースティックギターの中には、ループエフェクターを使う時にベースラインを弾くために六弦などはベースでいう三弦くらいの弦を張った仕様のものがあるとのことだが(筆者もライヴで実地に観たが)、おそらくこのギターの低音弦もそれに近い感じなのだろう。これをスティール弦、あるいはエレキギター用の弦ではなく、ナイロン弦で対応しようと思うと、平たく言えば、ヘタをするとテンションデロデロでぼやけたサウンドにしかならないということである。 しかもMethenyの場合、三、四弦を1オクターブ上げたナッシュビル・チューニングでセッティングしている上に、ビデオで見た感じ、一弦と三弦がプレーンのナイロン弦、二、四、五、六弦がワウンドタイプの弦という、弦自体もかなり異色のセッティング。ちなみにベース(楽器の方ね)については、ブラックナイロン弦というものこそ存在しているが、あくまでスティールの芯にナイロンを巻きつけたナイロン・ワウンド、あくまで別物ということで、これに対応できるようなナイロン弦のセットをMethenyレベルの音楽的な要求水準に耐えるもので揃えようと思うと、なかなかハードルが高そうである。 実際、Methenyはどうやらこのギターを実戦に供するにあたって、Magma社と特別製の弦の製作にまで踏み切ったようである(セルフライナーノートに記載)。まぁ、Methenyくらいのネームバリューのあるプロだからできる取り組みと言って良いが、こうした音に対する貪欲さ、徹底したこだわりはさすがと言っていい。 元々、ナッシュビルチューニングのギターをソロ演奏に使うという発想自体も、ギター弾き的に考えるとコード弾きならいざ知らずソロ演奏の場合、音域の使い方、音の割り振り、指の組み合わせなど、かなり眩暈がしそうなセッティングであるところに弦のセッティング自体がそんな感じという事になってくると、聴く分にはリラックスして楽しく聴けるにしても、演奏として参考にする、コピーするという段になると何だかもう完全に手の届かない世界というかそんな感じである(ライヴなんて、このギター含めた様々なギターを次々に取っ替え引っ替え弾き倒していくのだから、頭の中どうなってんの?というか、どれだけの準備をして臨んでいるのやら)。 一聴しての音楽的なインパクトとしてはこれ見よがしに超絶技巧をひけらかす訳でもなく、派手にテクニカルな楽曲を演奏する訳でもなく、耳に優しい穏やかな曲を中心に展開する、どちらかというとMethenyのディスコグラフィーの中でも地味目なアルバム、シリーズではあるが、細やかに見て、聴いていけばいく程に未だ高みを目指し続けるMethenyのとんでもなさが実感される作品であろう。
ちなみに余談となるが、本作、前作とは異なり日本盤CDが発売されていない。 前作に関しては、日本の市場特性を踏まえてMetheny自身の意向でわざわざ日本盤でのCD発売をしていたことを考えると結構、衝撃的ではある。 一応、公式HPでCDは発売されているからなのか(公式HPなどで日本への販売にも対応できるのであれば、わざわざ手間をかける必要はない)、はたまたプロモーションなど国内メーカーの対応の都合や発売までのスケジュールに係る時間的制約なのか、日本盤を準備する事による売り上げの効果がそれほどでなかったのか、よく分からないのだが、存外に日本のファン贔屓なMethenyということを考えると不思議な感じではある。 元々、すでに国内の音楽雑誌にかつての勢いはなく、次々に休刊、廃刊が続いている。殊ジャズ系の音楽誌については相当に厳しい状況にあると言って良い印象であり、筆者もよく読んでいた『Jazz Life』誌などももはや厚さもかつての何分の一かの有様。見方を変えれば、CD等を出してそのプロモーションを雑誌などで取り上げてもらうというビジネスモデル自体が成り立たなくなりつつあり、海外から直接購入(販売)できるのならわざわざ一手間かける意味があるのか、というのは確かにある。この事で益々雑誌を通じたプロモーションが減り、結果、さらに雑誌が売れなくなるという負のスパイラルが生じてしまっているのも問題といえば問題ではあると言えよう(もちろん、そもそもプロモーション、広告に依存するだけでいいのかという議論はあるわけだが、それは別の話)。 それはともかくとしても、CDのようなものが国内のメーカーを通じて発売されない、結果、国内メーカーが広告に力を入れない、となると、日本国内での音楽雑誌などでのプロモーション、取材も極めて低調にならざるを得ない。正直、Methenyにしてこの扱いか、と感じるくらいに露出が少なかった印象がある。
アーティストの側に立てば、現代において自身の公式HPやSNSと持つことは容易に出来ることではあるし、そういう場を通じてプロモーションをしていけばいいというのはその通りなのだが、いかんせん、リスナー側としては全てのアーティストのそういったメディアを個別に追いかけていけるはずはない。また、ネットでの情報も必ずしも良い形でまとまって流れているとは限らず、CDなど物理メディアを販売している実店舗の数も激減しているわけで、それなりに自分からアクティブに情報収集して回って上手い形で情報を収集できないと本当にアーティストの作品の発表、あるいはライヴなどの情報を掴むのが遅れたり、掴み損ねたりということになってしまう(実際、本作後のツアーで来日していた事を後日、知ったくらいである)。 もちろん、それでも熱心なファンはちゃんと追いかけて買うのだろうし、十分に売ることはできるのだろうけれども、それにしても、である。 やはり、ある程度情報をまとめてリコメンドしてくれる存在というのは貴重ではあるということを実感せざるを得なかった。 最近はあまり熱心に新進気鋭のアーティストを追いかける、みたいなことをしているわけではないのでこれまで実感が湧かなかったことではあるが、本アルバムで経験したこの状況、当然、多くのアーティストに関して当てはまることでもあり、なんともやるせない感じの時代や状況の変化を感じざるを得ない経験でもあった。 実際、最近のアーティストとかって知らなかったよ、この人〜っていう人多過ぎなんだよなぁ。