2025年7月中旬発行の新刊書籍、**『サイエンス・オブ・サイエンス』**のご紹介です。 研究と実務の最前線に立つ3名の方々による寄稿文を、発行にさきがけて公開します。
※目次・まえがき紹介記事はこちら
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いま、科学とイノベーションを考えるためにいちばん必要な教科書
図 1 各分野でのサイエンス・オブ・サイエンスの活用イメージと本書との関係性
Science of Science(サイエンス・オブ・サイエンス)とは何か
Science of Science (略称:SciSci, サイサイ) は、「科学と技術を科学的に理解する」ことを目的とした融合分野です。
イノベーションに関心の強い読者は多いのではないでしょうか。AIやWeb3など、科学と技術を取り巻く環境は目まぐるしい変化を続けています。しかし、トレンドはすぐに陳腐化し、移り変わっていく表層的なものです。人間の知識生産と創造性は全て「研究」として社会に書き込まれています。科学という知識の生産システムが、どう動いているのか。これを明らかにすることに取り組んでいるのが、Science of Scienceです。
和訳本の刊行に寄せて
本書は Science of Science がどのようなものか、研究成果を基に具体的なインパクトを紹介しています。「多様性はいい影響を与えるか」「インパクトのある研究は、どこから生まれるのか」「科学は、今後も創造的であり続けられるのか」。科学は極めて社会的なものだと言われています。…
2025年7月中旬発行の新刊書籍、**『サイエンス・オブ・サイエンス』**のご紹介です。 研究と実務の最前線に立つ3名の方々による寄稿文を、発行にさきがけて公開します。
※目次・まえがき紹介記事はこちら
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いま、科学とイノベーションを考えるためにいちばん必要な教科書
図 1 各分野でのサイエンス・オブ・サイエンスの活用イメージと本書との関係性
Science of Science(サイエンス・オブ・サイエンス)とは何か
Science of Science (略称:SciSci, サイサイ) は、「科学と技術を科学的に理解する」ことを目的とした融合分野です。
イノベーションに関心の強い読者は多いのではないでしょうか。AIやWeb3など、科学と技術を取り巻く環境は目まぐるしい変化を続けています。しかし、トレンドはすぐに陳腐化し、移り変わっていく表層的なものです。人間の知識生産と創造性は全て「研究」として社会に書き込まれています。科学という知識の生産システムが、どう動いているのか。これを明らかにすることに取り組んでいるのが、Science of Scienceです。
和訳本の刊行に寄せて
本書は Science of Science がどのようなものか、研究成果を基に具体的なインパクトを紹介しています。「多様性はいい影響を与えるか」「インパクトのある研究は、どこから生まれるのか」「科学は、今後も創造的であり続けられるのか」。科学は極めて社会的なものだと言われています。本書で紹介される研究は、一方では論文や特許、果ては学会のデータまで活用し、数理統計や機械学習はもちろん、心理学、人類学、複雑系物理学の手法をひっぱりこんで人間の試行と成功、制度に埋め込まれた歪みを明らかにしています。Science of Scienceの中でも特に「科学者の成功/創造性」に焦点を当てた本だと言えるでしょう。
Science of Scienceは科学を対象に、主にビッグデータを用いて定量的に分析するアプローチをとります。科学に関するビッグデータが分析対象と聞くと、研究者や大学・研究機関が使うようなもので、多くの皆さんは自分には関係のない分野であると感じるかもしれません。しかし、Science of Scienceは非常に広い意味での科学を分析対象としており、様々な目線から分析を行います。そのため、実際には皆さんが想像するより多くの分野や対象でScience of Scienceの知見は活用できます。そして本書は、そのような新しく分野知見を活用されたい皆さんにとっても非常に良い入門書になっています。
様々な分野の皆さんと関係することをイメージいただくために、各プレイヤーについてScience of Scienceと関連するキーワードと本書において参考となる章についていくつか例示しました(図 1)。各所でどのような活用ができるかについては、本文の後半でもう少し具体的に紹介します。
Science of Scienceはビッグデータ分析を背景にしていることもあり、俯瞰分析等の非常に可読性の高い分析結果を提供してくれます。これまであまり分析に馴染みがなかった分野の方々にとっては、非常に高度なツールに感じられるかもしれません。しかし、Science of Science は全てを置き換えるようなものではなく、皆さんが既に行われている分析や検討をより高度化する、多角化することを得意としています。本書から得た知識を活用し、皆さんがこれまで行われている議論や分析にScience of Science的な発想を追加することで、これまで以上により良い議論につながるのではないでしょうか。
また、Science of Scienceは科学技術政策論(STI/STS)や大学経営戦略とも親和性があり、「知識を生み出す側」と「生み出された知識を使う側」の距離が近い分野です。そこで、ここではScience of Scienceの知識を生み出す/使う側それぞれに向けて本書をどう活用できるかの一端を紹介したいと思います。
こんな人におすすめしたい!
研究者
●物理学、計算機科学、数学:言わずもがな、複雑系とネットワーク科学はScience of Scienceの屋台骨です[👉第10章 共著ネットワーク]。また、より直近の成果になりますが、科学の知識生産そのもののモデルを構築するという Physics of Science が今後盛り上がりを見せていくと期待されます[👉第21章 科学を加速させることはできるのか?] 。機械学習を用いた自動査読や実験の自動化についてNeurIPSやICLRを中心に研究が進んでいますが、そこでもScience of Scienceの研究者が中心的な役割を果たしています [👉第22章 人工知能 ]。
● 計量経済学:日本でも科学政策の因果効果に関心が集まってきています。計量経済学の中でも、因果推論に関する議論は公共政策系の研究と共にScience of Scienceを用いた因果推論の議論への展開が非常に期待されています[👉第23章 科学におけるバイアスと因果関係]。
●社会科学、人文科学:近年、社会・人文科学の多様な知を、しかし単に「みんな違ってみんないい」では終わらせないための研究評価と責任ある指標に関心が集まってきています。特に社会科学はSNS研究を通じてScience of Science にもダイレクトに関わっている人が多く、知識の生産者側としても受益者側としてもScience of Science に大きく関係のある分野です[👉第9章 見えざる大学]。
大学・研究機関関係者(URAや産学連携部門等)
●URAのみなさんは、研究IRやグラントの申請支援などで、研究者と直接関わります。h-indexやQ-factorを目にしたことがある方も多いのではないでしょうか(もしまだでしたらぜひ目を通してみてください)[👉第2章 h-index, 第6章 Qファクター]。
●一方で、これらの指標に頼ってしまうことの危険性もよくご存知のことだと思います。Science of Scienceは単に研究者を量的に批評するのではなく、何が成功につながっているのか原理に立ち戻って分析をしています。自分の大学の研究ポートフォリオを考える上で、多様性[👉第11章 チームの結成]、卓越性 [👉第17章 ハイインパクトな論文]、学際性[👉第18章 科学的インパクト]を生み出す要因について知るための良い指針になるでしょう。
官公庁、自治体
●科学技術振興に関する政策検討では、各分野の先端動向調査が北米を中心に非常に高度化・多角化しており、イノベーション政策における分析では一日の長があります。例えば、Science of Scienceを積極的に活用しているアメリカではScience of Science的アプローチをとった重点領域の選定や、資金配分などでも活用も進んでいます。将来的には因果推論の議論も取り込んでEBPM的な議論への発展も期待できるため、様々な政策検討のエビデンスとして利活用できる可能性を秘めています[👉第1章 科学者の生産性, 第3章 マタイ効果, 第5章 ランダムインパクト則, 第8章 科学におけるチームの隆盛]。
●また、自治体としても自治体の持つ産業的特徴がどのような分野と相性がいいのかを論文や特許という先端的な知見から洞察することが可能になります。地元産業を活発化させることは重要な課題であり、これまでの調査では見つけられなかった思いもよらない分野において、産官学連携や連鎖的な産業発展のキーワードが見えてくる可能性があります[👉第10章 共著ネットワーク, 第21章 科学を加速させることはできるのか?]。
民間企業
●本書『サイエンス・オブ・サイエンス』は、研究開発型の民間企業における経営戦略の意思決定を科学的に支える羅針盤となる一冊です。膨大な研究論文や特許情報をビッグデータ解析で読み解き、各分野の科学技術の発展動向やイノベーションの前兆を可視化する新しい技法が紹介されています。これにより、例えば以下のような実務への適用が期待できます。
●研究開発部門の生産性向上[👉第11章 チームの結成]
Ø 研究チームの人員構成や失敗からの学び方、AIによる自律的研究など、研究開発の生産性向上に直結する具体的な示唆が豊富に盛り込まれています。
●新規事業開発[👉第12章 小規模なチームと大規模なチーム, 第19章 科学の時間軸, 第21章 科学を加速させることはできるのか?]
Ø 自社が参入を狙う分野において将来的に破壊的イノベーションに化ける可能性がある技術を把握することで、新規事業における提供価値の独自性を追求するための手助けとなり得ます。
●既存事業の戦略[👉第20章 究極的なインパクト]
Ø 膨大な研究論文情報の解析により、将来起こりうる技術変化やリスクを早期に察知することで、適時・適切な備えや戦略転換の動機づけに活かせる可能性があります。
●上記のように、経営者や管理職、研究者が、変化の激しい時代に競争力を高めるための実践的な知見が本書には詰まっています。これまで産業側で十分に活用されていなかった研究論文のビッグデータを経営に生かすことで、研究と経営の橋渡しを目指す方にこそ推奨したい一冊です。
シンクタンク・調査会社
科学技術に関してこれまで以上に多くのデータを分析対象として扱うことができるため、より高度な分析を行うことが期待できます。前述した因果推論等に加えて、ネットワークサイエンス的観点からも様々な議論ができます。日本では、Science of Scienceの知見を活用した特許分析等の分析に長けたスタートアップ等も増えてきており、プレイヤーも増加してきています。
● 第三者機関である調査会社は、幅広い分析にチャレンジできる立場であり、既存の分析とは異なるアウトプットを積極的に出していくことが期待されます。Science of Scienceは非常に実用性が高い分野ではあり、何を分析対象にするかによって幅広い示唆が得られます。政策や企業の現場ニーズを捉えながらも、新しい分析に挑戦できる立場としてScience of Scienceからは新しい知見が期待できます。
● 例えば、Science of Scienceからは多くの指標が提案されているので、一度算出してみた上で政策的な影響について言及していくことも効果的ではないでしょうか。第三者機関が積極的に新しい分析を提案することで、効果的な活用に向けた議論がより活発になることが、これまでにない新しい議論へのきっかけになると信じています[👉第8章 科学におけるチームの隆盛, 第19章 科学の時間軸, 第22章 人工知能]。
Science of Scienceの今後に乞うご期待!
Science of Science分野は中心になる理論がなく、原著がでたあともなお、教科書と言えるものがまだないとされています。それでも、 Science of Science の知見が広まる核となる教科書が出たことはこの分野の成長にとって大きな一歩になりました。
本書はScience of Scienceの本格的な研究を扱っていながら、初学者の方も手に取りやすい内容となっています。少しでも難しいと感じる部分や、もっと知りたいと思えば、 Science of Science の専門家に直接問い合わせることや、関連のイベントに参加するのも良い選択になるのでないでしょうか。
本書の下敷きになる論文がでたのが2018年、本書の英語版が出版されたのが2021年、日本での最初のScience of Science研究会設立が2024年、和訳本が2025年です。日本での研究者には、科学政策学の鎗目 雅氏、研究開発戦略論の柴山 創太郎氏、基礎応用研究の科学を進めている東出 紀之氏、査読研究の三浦 千哲(本文著者)らがいます。直近2回のICSSI(当分野の国際学会)で論文を発表している研究者を列挙しましたが、精力的に活動している研究者は他に科学者の社会ネットワークを研究している中嶋 一貴氏、Sleeping Beauty in Science研究の三浦 崇寛氏、科学者のジェンダーバイアス研究の久寿米木 啓悟氏などがいます。(google scholar 上でScience of Scienceを専門としており、日本の研究機関に籍を置いていたことが読み取れた研究者を取り上げた)
まだ萌芽といえる日本の研究の門戸をより広く開くため、本書は良い起爆剤となると期待しています。また、本書を通じて初めてScience of Scienceへ興味を持った方と一緒に議論できるその日を楽しみにしております。
最後に、Science of Scienceを活用した先でどのようなことができるのかの具体例として、原著の出版後に発表された最新の事例をご紹介します。原著の著者でもあり、アメリカにおけるScience of Scienceの著名な研究者であるDashun Wang氏が中心になって進めている「Innovation Insights」が特徴的な例となります(図2)。 (出典:https://kellogg-cssi.github.io/InnovationInsights/)
Innovation Insightsは、研究者や政策検討者が科学技術間の複雑なつながりを探索することで、重要なイノベーションや隠れたパートナーを特定し、可視化を目指すために開発されています。論文特許の引用関係ネットワークに加えて、AIを用いた分析も導入されており、様々なビッグデータ解析手法を用いて過去の事実から未来までを洞察するというScience of Scienceを象徴するような分析ツールです。Science of Scienceを活用することで、Innovation Insightsのようなこれまでにないアプローチが実現可能になり、イノベーションに向けた検討が加速することが期待されています。
図 2 Innovation Insightsのアウトプットイメージ
(https://kellogg-cssi.github.io/InnovationInsights/より引用)
また、日本においても政府系のシンクタンクである科学技術・学術政策研究所(NISTEP)や研究開発戦略センター(CRDS) も科学指標に関する重要なレポートを数多く発行しており、これを機にぜひご確認いただけると幸いです。国内学会であるScience of Science研究会には行政官やNISTEPの研究員が出席・登壇しており、日本における注目が高まっています。今後も大きく拡大していく分野であることは間違いありません。この本を片手に、より広い分野の人が議論を交わす日を心待ちにしています。
執筆者の紹介
三浦 千哲 東京大学工学系研究科。科学の適応度地形の研究を専門としている。また、分散ソフトウェア開発の手法に倣い、学術版GitHubの制作に取り組んでいる。2024年ACT-X「次世代AIを築く数理・情報科学の革新」採択。2024年 ICSSI 口頭発表。東京大学EEDEC総長発表。
安藤 景祐 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 コンサルティング事業本部 経営戦略ビジネスユニット経営戦略第2部マネージャー 専門領域:製造業の新規事業開発・用途開拓(特許ビッグデータや創造工学に生成AIを絡めた独自モデルを活用)
永田 一将 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 政策研究事業本部 産業創発部 研究員 専門領域:科学技術の社会実装をキーワードに産業振興・イノベーション政策、スタートアップ政策へ従事
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◆科学者の「生産性」は何によって決まるのか? ◆優れた研究を生むのはどのようなチームか? ◆論文の「インパクト」の差はなぜ生まれるのか?** **『科学』そのものを『科学する』、新たな知の地平を切り拓く入門書。
データ分析を駆使して科学の営みそのものを客観的にとらえ直す新たな学際領域「科学の科学(Science of Science)」。 本書では、科学的インパクトの源泉、生産性と創造性の役割、効果的な共同研究のタイミングと形式、さらには科学者のキャリアにおける成功と失敗の影響など、豊富なテーマを事例とともに解説します。
研究者や大学院生はもちろん、政策立案者、大学・研究機関の管理職、科学技術の現場にかかわるすべての人にとっての新たな指針となる一冊。
[原著]The Science of Science (Cambridge University Press, 2021)